理事長挨拶 | 社会福祉法人 向陽会

理事長挨拶GREETING

理事長挨拶GREETING

当法人は太平洋戦争に軍医として召集され奇跡的に生還した創設者・青山恵眞が戦後巷にあふれる孤児・栄養失調児を目の当たりにし虚弱児施設「たらちね寮」を創設したことから出発しました。「ローソクの灯は小さくともあたりを照らさねばならない」という思いで奮闘しました。その後実弟・本重尚雄(2代目理事長)と協力して1964年鹿児島で民間初の肢体不自由児施設「やまびこ整肢園」を設立しました。当時ポリオという疾患の後遺症で肢体不自由児(小児麻痺)が激増しその対策が急がれていたため、100床でスタートも対象児の増大のため1969年170床に増床となりました。

1972年創始者・青山恵眞死去、本重尚雄(開業医)がその事業を引き継ぐことになり、彼は事業の立て直しに尽力し1979年に現在地・鹿児島市皆与志町に「たらちね学園」「やまびこ整肢学園」(ともに改名)の新築移転を成し遂げました。

時代は医療の進歩とともに肢体不自由児の減少・重症心身障害児の増加が起こり1986年「やまびこ整肢園」は肢体不自由児施設(100床)と重症心身障害児施設「やまばと学園」(70床)に再編、徐々に肢体不自由児定員減・重症心身障害児定員増が始まります。同時並行的に肢体不自由児施設退園後の処遇、医療機関・在宅の障害者の受け入れ先として1994年身体障害者療護施設(現障害者支援施設)「みなよし療護園」を設立しました。リハビリの重要性を考え1996年「ひまわり病院」設立、重症児通園事業開始、1998年やまびこ整肢学園を廃止、重症心身障害児施設「やまびこ医療福祉センター」 として再スタートとなりました。今年4月から肢体不自由児者の整形外科手術の開始、来年2019年4月からは鹿児島中央駅近くのひまわり病院でも手術開始、併設して重症心身障害児者をメインとした「障害児・者相談事業」「児童発達支援」「放課後デイサービス」「生活介護」の各通所サービスの開始を予定しています。

歴史を長々と書き綴りましたがその主旨とは当法人が「必要とされるが供給が不足している分野、事業に先駆的に取り組むことが社会福祉法人の役割である」という考えのもとに活動し今後も努力を続けていこうとしていることです。

関係各位の皆様におかれましては、ご指導のほどよろしくお願いいたします。